「ライダーズ・ハイ」という言葉をときどき耳にする。これはよく聞く「ランナーズ・ハイ」のようなものなのか、それとも「ゾーン」というやつなのか? ちょっぴりスピリチュアルでオカルトチックな考察をしたい。

バイクに乗っているときに感じる恍惚感と集中力

SV650で酷道と呼ばれる国道352号線 樹海ラインを走っているときのことだった。

センターラインのない狭い道、ブラインドコーナー、道路上を流れる沢、落ちたら一巻の終わりの崖、そしてコーナーに突っ込んでくる対向車。

興味本位で行ってみたはいいけど、予想をはるかに超える危険さに、大げさでなく震えながら、祈りながら走っていた。

しばらくしてふと、何かのスイッチが入ったかのように、集中力が高まっていくのを感じた。

「あれが、きた」と思う。

俗に「ライダーズ・ハイ」などと僕の仲間内でいっている、あの状態だ。


初めて経験したのは、オフロードバイクで、クローズドのコースを走っていたときのことだ。10年ほど前のことになる。

この日僕は人生初のオフロードコース走行で、ベテランの先輩にオフロードの走り方の基本を教わっていた。

はじめは先輩が僕の腕を見るべく、自由に走った。すると何度も転んだ。完全にオンロードバイクで舗装路を走る乗り方になっていたためだ。

そのことを指摘され、基本となる8の字走行を行ない、急発進と急制動を繰り返した。その後オフ車での曲がり方、身体の使い方を教わった。

数時間するとブレーキターンやアクセルターン、フロントアップなど、いままで一度もやったことなかったことができるようになった。

昔乗っていたスズキ・ジェベル200

僕のセンスははっきり言ってまるでない。運動神経も中の上くらい。先輩の教え方が上手かったのだ。教え方次第で、普段からバイクに乗っている人なら誰でも1日でできるようになるらしい。

広場でのトレーニングは終わり、小さなコースへと入らせてもらった。

そこで、僕は我を忘れたかのように走り続けた。最初は怖かった小さなジャンプ台もスロットルをあけて飛べるようになり(初心者なりに)、得も言われぬ快感を覚えた。

ジャンプの高さがどんどん上がり、次はもっと特大のやつを決める! と思ったとき、先輩からストップがかけられた。

「目がいっちゃってたよ。今日はここまでにしとこ」

ふと我に返る。

そのとき数人のライダーがコースの外から僕の走りを見ていたのだが、みんな「ヤバい!」と思ったらしい。次はやらかすぞ、と。

雑念はすべて消え、頭で考えることなく身体が動いていた。周囲の音は聞こえているのだけど、聞こえてないような不思議な感覚だった。

「その恍惚感こそ、僕はバイクの楽しさだと思ってる」と先輩は言い、こう続けた。

「だから公道で大きいバイクに乗らないようにしたんだ」

先輩は昔GSX1100Sカタナを所有していたが、あるとき公道で大型バイクに乗るのはやめた。いまは原付二種クラスのオフ車しか持っていない。

「公道であの状態になったら取り返しがつかなくなる気がしたんだ」

(下に続きます)

その後、オンロードバイクで峠道を走っているときや、街中を走っているときにも同じような感覚になった。

とくに125ccや250ccのバーハンドルタイプのスポーツバイクに乗ると、あの恍惚感が蘇ってくることが分かった。

セパハンのバイクはずっと苦手意識があり、いまでも不得手だ。400cc以上になると僕の技量では到底扱いきれなくなってしまう。大型バイクでは、一度も感じたことがない。また、キャンプ道具など大荷物を積んでいるときも発生しない。

そして、自分が大好きな車種のときのみ起こる。

スズキ・SV650 ABS

国道352号線 樹海ラインをSV650で走った9月のツーリングで、それは起きた。

ぶるぶると対向車に怯えながらしばらく走っていたら、急にスイッチが切り替わったかのように集中力が高まった。

ふとオフロードを教えてくれた先輩の言葉が蘇る。

恍惚感を感じないようにこらえるのは初めてだった。頭はやけに冷静だ。恍惚感は排除して、何とか集中力だけを保ちたい、と欲張りなことを考える。

集中が切れたら、ものすごい疲労感でぐったりとすることも分かっていた。まるで小中学校の水泳の授業後のような眠気が襲ってくる。

まだまだ酷道は続く。ここで集中を切らすのはまず過ぎる。でも恍惚感もまずい。「何とか集中力だけを抽出しよう」そう思いながら走り続けた。

国道352号線 樹海ラインは、僕のバイク人生で林道以外ではもっとも過酷な道だった。極限状態で何かのタガが外れてしまったのだろう。

欲張りな作戦は、結果として功を奏した。時間にするとわずか30分ほどだが、集中を切らさずに酷道を抜けきった。

恍惚感と集中力のせめぎあいの最中、頭は冴えていて、冷静に分析ができた。

ニーグリップとくるぶしでのホールドはほどよい力で決まり、腕の力は抜けきっていた。自分で「乗れてる」と思っているときの走りをリアルタイムで分析するのは初めてのことで、ちょっとした驚きを感じる。

逆に「乗れてない」と思ったとき、この日の感覚を思い出したい。

これは「ライダーズ・ハイ」なのか、「ゾーン」なのか

さて、恍惚感とともに集中力が高まる状態をみなさまも経験したことがあるのではないだろうか。

これは俗にいう「ライダーズ・ハイ」なのか。それとも、スポーツの世界でいわれる「ゾーン」というやつなのか。

僕の結論では、僕の場合は「ゾーン」では絶対にない。

ゾーンというものは、その経験をした一流スポーツ選手の話をテレビなどメディアでたびたび見たことあるが、「空中から眺めているような」という表現がよく出てくる。あとは「一瞬先の未来が分かるような」とか。

僕が感じたものは、明らかに「ゾーン」の現象とは異なる。それに一流のレーシングライダーでもなんでもなく、一介のツーリングライダーだ。

何もバイクに限ったことじゃないと思う。

趣味の将棋を指しているときも同じような現象が起きたことがある。学生時代、サッカーをしていたときもあった。あとは、白熱する会議でもある。あとは盛り上がった合コンでもある。

日本語で表現するとしたら、「悦に入る」もしくは「調子に乗る」が近い気がする。

そしてその大半は錯覚で、興奮がおさまったのちに冷静になると「間違っていたな」とか「恥ずかしいことをしたな」と思うことが多い。

バイクに乗っているときの恍惚感もそれに近しく感じるため、やっぱり危険なことなのだろう、といまは思う。

「ライダーズ・ハイ」ではなく「ツーリング・ハイ」を楽しみたい

ここまでのワインディングやコースを走っているときに感じる恍惚感とは別の多幸感をバイクに乗っていると感じるときがある。

それは何気ない田舎道をのんびり走っているとき、高速道路で音楽を聴きながら走っているとき、SV650のVツインの鼓動感が気持ちいいなと思っているとき――。

心に憂いがなく、穏やかな陽気のなか、ただただ旅の空の下にバイクでいるときのこの幸せな気持ちを「ツーリング・ハイ」と呼びたい。

分かってくれる人がいるか心配だが、僕はこの「ツーリング・ハイ」を感じたくて、あちこちへと出かけている。

文:西野鉄兵・写真:岩瀬孝昌・西野鉄兵

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