「酷道」と呼ばれるからには、それなりの理由がある。ただその種類は千差万別だ。これまで数カ所の酷道を走った経験を持つ編集部西野が完全に怖気づいた国道352号線 樹海ラインは、異質極まりなかった。

沢!崖!対向車! 運ゲーとしか思えない酷道

そういえば、この道は奥只見湖に沿った道だったよな、湖一回も見えなかったな、とスマホでGoogleマップを開いた。

goo.gl

「まだ、湖まで到達してないじゃん……」

もう嫌だ、と迂回路を探す。太い安全な道に出たい。地図を見て呆然とした。

「ないんだな、これが……」

進むも酷道、戻るも酷道。そんな狭間でここだけはなぜか2車線の安全な直線路だ。

「いやだー!」と叫んだところで、どっちかを選ぶしかない。しかし、引き返すという選択はあまりにもダサい。編集部で笑われる。

湖が見えた。ここまではまだ安全な直線路だった。貴重な、ひと息つける区間だ。

再び地図を見ると気が重くなった。ここから先が本番。時刻は10時を回り、交通量も増えている。

奥只見湖。

すぐに道は細くなった。複雑な形状をした奥只見湖に沿うようにカーブが続く。地図で見た印象の何倍も距離がありそうだということを悟る。

とたんに対向車のバイクが増えてきた。かなりなペースで走ってきて肝を冷やす。道が枝折峠よりも太くなっているのが要因だろう。

クルマがすれ違うのには両車の譲り合いが必要となる幅だが、バイクとクルマなら、ギリギリすれ違うことができるやっかいな道幅だ。だけど路面コンディションはものすごくいいため、いいペースで突っ込んでくる車両も少なくない。

普通、湖沿いの道は絶好のツーリングロードであることが多い。適度な高低差が生むアップダウンと、緩やかなコーナーを楽しめるからだ。

けれど奥只見湖に沿った国道352号線樹海ラインには、のほほんとした様子は一切ない。えげつない高低差、ブラインドコーナーの連続、さらに道を流れる沢。

くそっ全然楽しくない!!

ここは道路上に沢ができることを織り込み済みで設計がされている。どういうことかというと、道にくぼみをつくり、意図的に水の流れる溝をつくっているのだ。

これがバイクの場合、けっこうな段差に感じる。

SV650に限った話じゃないが、この段差でオンロードスポーツバイク全般はどうしても跳ねることになるだろう。

不安を補って余りあるSV650の優秀なブレーキに毎秒感謝

SV650のフロントブレーキは直径290mmのダブルディスクを採用している。もちろんABS搭載。加えて、2019年のマイナーチェンジでキャリパーが2ポットから4ポットになった。

速度を落としたいとき、ビシッと効く。それも、ピストンがブレーキパッドを押してディスクを抑え込んでいる一連の動作が、手に取るように分かる秀逸な感触だ。

タイヤの接地感もいい。こんな道でもバンバン弾まず粘りを感じる。ダンロップのスポーツツーリングタイヤ「スポーツマックス ロードスマート3」を標準で履いている。

ブラインドコーナー、対向車、沢、ブラインドコーナー、対向車、沢、沢、沢……。集中力が研ぎ澄まされていく。

白線の外側は苔むしている場合があり、路肩には出られない。対向車もあるので白線ぎりぎりの内側をキープする。

だんだんとコーナーのパターンも分かってきて、沢にも慣れると気が緩んだ。

そんなとき現れたのが、この場所だ。

南米の行商が通る道かっ!

ガードレールがない。もし突っ込んだら真っ逆さまだぞ?

再び気を引き締める。何が起こるか分からない。

右手人差し指と中指はブレーキに常に触れた状態、右足つま先もブレーキに乗っている。膝とくるぶしはビチッとホールド。

極限の安全運転キープレフト。速度もまるで出していない。

なのに、絶対の安全というものは、この道にはない。

速度を出しすぎた対向車にブラインドコーナーでハチ合わせたらたぶんアウトだ。もはや運ゲーと化している。

半ばあきらめの気持ちを持ちつつも、進むしかないので進んだ。

酷道は新潟県から福島県へ。SV650を選んだことは本当に『幸運』だったのかもしれない

道は奥只見湖沿いから、只見川沿いに変わった。

川を越える橋が見えた。県境だ。新潟県魚沼市から福島県檜枝岐村へと入る。

こういった道では、県境を越えると道路の質が突然変わることがある。

やはりこの国道352号線樹海ラインもそうであるらしい。福島県に入ると道幅は少し太くなった。そして広葉樹の落ち葉が目立つ。路面の凹凸は少し増えてきた気がする。

県が変われば、管理が変わり、道の整備具合に差が出ることがあるのだ。県境は川や山の稜線で区切られることが多い。大きな山をひとつ越えると、環境自体が変わることもある。

落ち葉が急に増えたのはどの理由かは分からない。管理がさほどされていないのか、気候のちがいによるものなのか、はたまた植生が変わったのか。

何が起こるか分からない。集中力を保ち続ける。

県境から離れるに従い、道は直線基調となってきた。厳しいコーナーの数が減る。永遠とも思えたセンターラインのない林間の道は突然終わりを告げた。

「ミニ尾瀬公園」と大きな看板が立つ大きな駐車場が見えた。道はいままでのワインディングが夢だったかのように、立派な2車線道路となる。

ミニ尾瀬でなごむ家族連れを遠目に見て、無事『酷道』を抜けられたことを悟った。あの人たちは、きっと反対側からやってきたはずだ。

SV650なら行ける! などという勝手に思い込みは勘違いだった。

正確にはSV650じゃなきゃ本気でヤバかった、だ。

仮に250ccで挑んだら、新潟県に入るまでにバテていたと思う。

かといって、高速道路重視で大柄なリッターバイクで来たら、狭すぎる峠道で恐怖のどん底だったはず。

同じ650ccエンジンを積んだVストローム650でも、ボディが大きいから僕の技量ではあやしかっただろう。SV650のコンパクトなボディと扱いやすさ、足つきのよさが、ずっと安心感につながっていた。

そういう意味ではSV650はやはりベストチョイスだったのだと思う。だけど僕はこの道を人には勧めないし、これを読んでいるあなたも行かないでほしいと思う。もし行っても、一切の責任は持てないと明言しておく。

知人の親戚がこの地域の病院に勤めているという。国道352号線 樹海ラインで事故が起きると、救急車が到着するまで何時間もかかるらしい。

そりゃそうだ。バイクで入って抜けるまでに休憩を挟みながらとはいえ、3時間半ほどかかっているのだ。しかも携帯の電波が入らない区間もある。

僕自身、もし10回走ったらと考えると、無事ですむ未来が見えない。今回は晴れた日中だった。これが雨だったり、霧だったり、夜だったりしたら、まずただではすまないだろう。

……正直、もう二度と走りたくない。

しかもその道中にガソリンスタンドは一軒も見当たらなかった。そうとは知らず、うっかり入ってしまうツーリングライダーも多そうで心配だ。

国道352号線はまだまだ会津方面へと続いているが、酷道352号線をゆく旅はここが終点となる。

あらためて、ミニ尾瀬のファミリーのだんらんが輝いて見えた。無事、何事もなくいまここにいられるのは、ちょっとした奇跡とまで思えてきた。

目の前にはどこにでもありそうな平凡な2車線の道が伸びている。

スマホとヘルメットスピーカーを数時間ぶりに繋いだ。いつもの幸せなツーリングが再び始まる。

文・写真:西野鉄兵

興味があれば【SV650 酷道ツーリング紀行/前編】もお読みください!

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